建築家 商品
建築家とは、自身の美学や論理的分析にもとづいて建築物を設計し、実現に必要な知識や折衝能力・監督能力を有する建築士のことです。
主に建築物の設計・意匠を考案し、その実現のために施工を統括・指揮していきます。建築士と建築家の違いは日本ではあいまいな部分が多いのですが、
自ら設計を行い、外観に優れた作家性の強い建築物をデザインする人が建築家と呼ばれる傾向にあります。これは、一級建築士の資格を有している人でも自ら設計に携わる人はあまりおらず、
あくまでも「建築家」という名称は通称にとどまっているためです。また、建築関連の賞の受賞者や、有名な建造物の設計者、日本建築教会の会員なども、建築家と呼ばれます。
- 近代・現代物理学以後の社会における建築を考える
- 大きな歴史の流れの中で、世代間で変化?いや年々と変化して行っている社会や建築界の動向を客観的に把握する上では適した本だと思われる。それぞれの方々の今後の方向性/志向性の部分が如何なるものか?話しは必ずしも具体的ではないが、その分、自分に還元しながら次の流れを考える余白を与えてくれる。悪く言うと、曖昧な部分が多くて、文字の割に内容がない状態になっている。特に、藤村さんの偏った考え方に対談者が付き合わされている状況において。でも、その特性が議論を活発にしているという点も評価される部分ともなると思われる。
「時間」の概念が導入される傾向が全体としてみられる。それは、本書で取り扱われる世代だからというよりは、1995年以後に作られる建築に多く見られる傾向だと言える。しかし、「時間」とは未だにどのようなものかをはっきりと示されている概念ではない。様々な哲学者が投げかけ続けている、この「時間」が 未だに曖昧なままで議論が尽きないことを、本書の中での人それぞれに語る語り口からも想像ができる。
可逆な時間、非可逆な時間、どちらが今後の思考の世界を捉えていくのかはわからないけれども、社会全体が物理学的になりきってしまおうとしている、あらゆる学問に物理学が浸透している今日において、改めて「時間」とはなにか?そして、そこに基づく「建築」とはなにかを考えさせられる。
批判的工学主義という言葉は謎に満ちており、発展途上の言葉のように思われる。ただ、そのような言葉をヨーロッパへ留学した人間が作りだす、その事実が本書では重要だと思われた。そこから見える日本とヨーロッパの違いを意識してグローバルとローカルの状況を見つめる必要性がある気がしてきた
全体として荒々しいものになっているので、他人と話し合うのには適している。決して完成された内容を吟味するものではない、みんなでさっと読んで、それぞれにそれに対して意見を言い合う、それが出来ることにこの本の価値があるように思える。そういう意味で著者の本の戦略は成功しているのだろう、しかし、藤村さんの思考の価値は自分の中では下降した感じはした。

